ジェフ・ラスキンがこだわったマニュアルとは?

『実録!天才プログラマー』のジェフ・ラスキン

『実録!天才プログラマー』という本にジェフ・ラスキンのインタビューが載っている。わずか30ページ程度だがジェフ・ラスキンの人となりが垣間見える内容となっている。インタビューのほどんどはプログラムのことというよりも「コンピュータとはどうあるべきか」について情熱的に語っているので『ヒューメイン・インタフェース』でジェフ・ラスキンに興味を持った人にもおすすめ。

このインタビューの中では、パロアルト研究所や Apple での過去の出来事を交えながら、立ち上げた会社のひとつである Information Appliance で取り組んでいることが率直に語られている。中でも興味を引いたのは製品マニュアルに話が及んだ際のジェフ・ラスキンの次のような答え。

「オペレーションのユーザー・インターフェイス理論」なんてのもありますしね。こういうのはよそで見たためしがないな。

『実録!天才プログラマー』

ラスキンは、Apple で出版部長をしていた頃、複数のマニュアルを書いてきたがこのマニュアルを超えるものはないと続ける。デービット・アルゾフォンとともに制作したというそのマニュアルには並々ならぬこだわりを感じ、インタビュアーの興味も自然とその内容へ向かう。ラスキンは、人間のあり方に関する理論があるので使いやすい製品がデザインできたと言う。

「人間の習慣というものは、どうやってできあがるんだろう」と自問してみたわけなんです。システムを使う場合、システムそのものではなくて、自分のやっていることに神経を集中できるとき、もっとも幸せな気分になれるでしょう。システムは入り込んじゃいけないんだ。例えば、習慣に従って靴ヒモを結ぶとき、それをまったく無意識のうちにやってるわけですよ。神経を集中してヒモを結ぶわけじゃないから。それでね、ユーザーが自分の主な仕事から注意をそらさないですむ、きわめて単純なシステムをつくりたい、と思ったわけですね。

『実録!天才プログラマー』

ラスキンは習慣について考える際に、心理学の本を読んだと言い、習慣とは同じ方法で反復して行なわれる事柄、もしくはその可能性のある事柄というのがおおかたの見解のようだ、と話を続ける。

例えば、車の運転ですが、毎週木曜日にアクセル・ペダルとブレーキ・ペダルを入れ換えることにします。そうするとどうなりますか。壁に乗り上げるか、壁を突き破るか、ということになるでしょうね。これじゃあ命が幾つあっても足りませんよ。ところが、コンピュータの場合には、「モード」とかいうやつを振りまわして、始終いろんなことを変更するんですね。システムというものは「モードレス」でなくちゃいけません。ユーザーが同じことをやれば、常に同じ効果が得られるようにならなくちゃだめなんだ。

『実録!天才プログラマー』

そう。ジェフ・ラスキンはここでも「モード」について語っていた。インタビューの正確な日付はわからないが、この書籍のオリジナルの英語版は1986年なのでそれ以前であることは確かだ。のちに『ヒューメイン・インタフェース』でモードに対する考察を披露することになるラスキンらしさをすでに感じることができる。

アクセルとブレーキが入れ替わることはないが、日本語話者にとっては日本語入力と英語入力の切り替えミスは日常茶飯事で、その間違えた文字列がネットスラングにもなっているほどだ。モードというテーマは普遍性がある。


健太「えーと、たしかYou Tubeで、あ!違う」
「ようつべ」と入力してしまう健太。
健太「なぜいつも同じミスを!」
博士「ほっほっほ。それは健太のせいではないぞ。それもモードが関係しておるのじゃ」
健太「これも?」
博士「多くの人が間違えているから、候補にも出てくるくらいじゃ」
博士は検索のキーワード候補に「YouTube」が出てきていることを示した。

マニュアルの内容

このインタビューに登場するマニュアルを読んでみたくなったので探してみた。

マニュアルの表紙
SwyftWare のマニュアル(表紙にはUsing SwyftWare on the Apple //e and //c: a Guide, Glossary, and Reference Manual, Second Edition,Information Appliance Inc.と書いてある。)

これがそのものなのかは不明だが、ラスキンはインタビューの中で「 SwyftWare はモードレス」と言っていたので大きく外れているわけではなさそうだ。

このドキュメントの付録B「Theory of Operation / Schematic」はインターフェースとソフトウェアとハードウェアのセクションに分かれている。その中に「SwyftWare User Interface Theory of Operation」という項目があった。

Appendix B: Theory of Operation / Schematic を開いている状態のマニュアル
Appendix B: Theory of Operation / Schematic

モードレス、モノトニー、名詞-動詞

主要なデザイン原則が14個挙げられ、その中にモードについても以下のように語られていた。

The elimination of an operating system, thereby allowing all operations to be performed directly and immediately from the editor without having to go into different modes.

オペレーティング システムが不要になり、異なるモードに切り替えることなく、すべての操作をエディターから直接、即座に実行できるようになります。(Google翻訳)

The elimination of modes in general, which makes habit formation easy since you do not have to think about what state the system is in to figure out what a command will do. This property is called modelessness.

一般的にモードを排除することで、コマンドが何を実行するかを判断するためにシステムの状態を考慮する必要がなくなり、習慣形成が容易になります。この特性はモードレス性と呼ばれます。(Google翻訳)

Not providing many ways to do a task — again so that you do not have to think about alternate strategies when you are about to do something. We call this principle monotony. Like modelessness, monotony aids habit formation.

タスクを実行するための多くの方法を提供しないこと。これもまた、何かをしようとしているときに別の戦略を考える必要がないようにするためです。この原則を「単調性」と呼びます。モードレスと同様に、単調性は習慣形成を促します。(Google翻訳)

『ヒューメイン・インタフェース』でも登場する「モノトニー」もある。また、名詞→動詞シンタックスについて書かれている。

Noun-verb design of commands. First you specify what you are going to work on (which gives you time to make sure you are right and to make corrections), then you give the order as to what to do. Some systems work the other way around, or even worse, mix the two styles.

コマンドの名詞-動詞設計。まず、何を行うかを指定します(これにより、正しいことを確認し、修正する時間ができます)。次に、何をすべきかを指示します。一部のシステムでは逆の手順で動作したり、さらにひどい場合は、2つのスタイルが混在したりします。(Google翻訳)

It is very hard to louse yourself up or clobber something you are working on. It’s not impossible, but it’s hard enough to do that it is not likely to happen by chance or a momentary lapse of attention.

自分を傷つけたり、取り組んでいるものを壊したりするのは非常に難しいことです。不可能ではありませんが、偶然や一瞬の注意力のなさで起こる可能性は低いほど難しいのです。(Google翻訳)

ソフトウェアのセクションの中にも興味深い記述があった。いわゆる「前回状態の復元」に関するもので、実際の挙動を知ることはできないものの、目指していた方向を知ることができる。

The system pointers are stored on disk so that SwyftWare texts come up in the exact state they were last saved. A serial number is written on each disk so that we can detect whether it is the same disk that was booted or if the user has changed disks. When backup disks are made, the same serial number is written on the master and all backups.

システムポインタはディスクに保存されるため、SwyftWareのテキストは最後に保存された状態と全く同じ状態で表示されます。各ディスクにはシリアル番号が書き込まれるため、起動したディスクと同じディスクであるか、ユーザーがディスクを交換したかを検出できます。バックアップディスクを作成する際は、マスターディスクとすべてのバックアップディスクに同じシリアル番号が書き込まれます。(Google翻訳)

今回調べてみて、Apple の HIG へつながる源流のひとつのようにも感じられるし、また、デザイン原則が少なくなった昨今のガイドラインに対する物足りなさを埋めてくれるような記述も知ることができ、非常におもしろかった。

マニュアルは何度か開いているうちにちぎれてしまいそうな質感。ページをめくるごとにドキドキするが、Internet Archive にも、おそらく同じであろうドキュメントがあるので、興味のある方はそちらを参照してみてほしい(付録Bは111ページから)。ちぎれないので安心。